Yoshida Blog
by yoshida_takaaki
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被災地の様子と、感じたこと
先週15日、岩手県社会福祉協議会の主催する災害ボランティア活動で
大槌町へ初めて行って参りました。
そして17日、これは個人的に京都の美術作家をしている友人と釜石市に行って参りました。

15日に大槌町を訪れた際の、私なりの報告をさせていただこうと思います。


私はグラフィックデザイナーとして、今何が問題で何が必要とされているのか現状をこの目で見て
今後の活動に生かしていきたい、という思いが日に日に強くなり、先週社協のHPを見てボランティアに応募しました。

期日は4月13・14・15日の3日間の募集でいずれも定員は80名でした。
移動は観光会社が用意したいわゆる「ボラバス」で、大槌町・山田町へ計4台の大型バスで移動しました。
私は15日に参加し、大槌町へ行くことにしました。

乗り場は盛岡駅・ふれあいランドのいずれかから乗車することができ、
私はふれあいランドからの乗車となりました。
バスはほぼ満席で、参加されている年齢層も様々で、驚きました。

バスは396号線を通り、遠野、釜石経由で大槌に入るというルートでした。
まず、遠野に入ると盛岡周辺とは異なる雰囲気を感じました。
ここが都市部と沿岸被災地の中継地なのだと実感し、
これから被災地に入るんだ、という気持ちになります。

仙人峠の自動車専用道路を通り、釜石市に入る前ぐらいから渋滞が発生していました。
この影響で到着時間が30分ほど遅れたと思います。

まず、釜石駅前を通り、商店街のある道に入った途端風景が変わっていました。
商店の1階は壊滅状態であちこちに積み上がるがれきの山。
大槌町に入るとさらに酷く、街全体ががれきの山でした。正直、これ何年かかるのだろう、という果てしない量。
とても震災から1ヶ月経ったようには見えませんできた。

派遣された場所は国道45線沿いの大槌北小学校にほど近い住宅地で
作業内容はというと、1班5人が3班で1軒のがれきの撤去を行いました。

家は基礎を残すのみで形は無く、電柱や大きな木が倒れ
流れてきた木材や家の柱やゴミがたくさんありました。
ボランティアはそれらを片付けるのが仕事でした。
片付けると言っても、捨てる場所が無く
とりあえず土地の裏に集めておく程度でした。
(その片付けは誰がやるのだろうか・・・。)

天気は快晴だったのですが、海からの浜風が砂ぼこりを巻き上げ
サングラス、マスクをしていても目や口に入ってきます。
次回はサングラスというよりはゴーグル、風邪予防のマスクよりは土木作業用等のマスクが必須だと思いました。
また、がれきはほとんどが木片で釘やササクレが鋭く剥き出し、慎重な作業を強いられました。
それにより、軍手よりは厚手のゴム手袋、普通の長靴よりは鉄入りの作業靴、もしくは底が厚い登山靴等が良いかと個人的には思いました。
いつ釘が刺さってケガをしてもおかしくない状況でした。
家の方の写真アルバムや位牌等をたびたび見つけました。大切な財産なので、より慎重に扱います。

昼食をはさんで、5時間ほどの作業で大きな木材等は撤去できましたが完全には終わることはできませんでした。
まだまだ細かい破片や砂、重機が必要な電信柱、木、コンクリート等は横たわったままでした。
作業が終わった後、内心、本当に役に立てたのだろうか。と思い、複雑な心境で現場を後にしました。
家の方も立会っていただきながらの作業でしたが、正直どう声を掛けてよいのか分からず
被災者の心意を伺うことはできませんでした。


今回のボランティア活動を通して、このまま継続して活動していくことが大切だと感じました。
そしてより沢山の方にこの現状を知ってもらい、1人1人が考えてほしいです。
同じ岩手県内とはいえ、内陸と沿岸の温度差があると感じたので、1人でも多くの人が参加してほしいと思います。

正直、今僕に何ができるか、といった答えは見いだすことはできませんでした。
いまも頭の中がモヤモヤとしていて、悔しい思いです。

でも僕は岩手に居る限りはこうした活動に参加し、現状を知り、今後の活動のなかで
デザイナーとして、どう社会にアウトプットしていくかを常に考えていこうと思います。


帰りのバスは渋滞を避けるため、吉里吉里、山田、宮古を経由して盛岡に戻りましたが
吉里吉里はもっと手つかのような印象を受けました。
それとは対照的に、夕方の海はとても穏やかで、きれいな青でした。



機会があればできるだけ多く現地に行って活動したいです。
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by yoshida_takaaki | 2011-04-19 16:37
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