Yoshida Blog
by yoshida_takaaki
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2010
今年を振り返ってみようと思う。

僕は京都の大学を卒業し
この4月に岩手に帰ってきた。
東京で働かずに、岩手で顔の見えるお付き合いというか
僕がデザインしたもので、人の喜んでくれる顔が見てみたいと思ったからだ。

まず僕は、町内でデザインが必要とされるのはどこであり、
どんな方、団体なのかと考えた。
そして、町内のNPOを知り、そのご縁でいろいろな方々と出会う。
そのご縁で、小松菜のパッケージデザインを制作。
フリーとして、はじめて世に出たデザインとなる。

町内のNPOの方の依頼で、日詰・郡山駅周辺のMAPを制作。
紫波中央駅に掲示される。

そのNPOの方のご紹介で、高橋農園からパンフレットのデザイン依頼が。
何度も足を運び、形にすることができた。
パンフレットは町内外の産直等に置かせていただいた。
そのおかげで、多くの方からダイレクトに感想を聞くことができた。
ほどよく力が抜け、いいものができたと思う。

そのご縁で、7月ー9月まで農園で働く。
農業の知識、産直の現状を知ることができた。
(車の運転技術もUP)

そのパンフレットがきっかけで、盛岡のデザイナーの方を紹介していただく。
お会いして作品を見ていただき、盛岡の現状等をきき、アドバイスをもらう。
いくつかデザイン事務所を教えていただく。
(そのころ、東京のデザイン会社に送った書類選考が通り、面接に行く。東京で働くことを考える)
9月いっぱいで農園を退社。

その後はデザインの依頼が減り、ただ家にこもる日々が続く。
僕が岩手に来た理由を失い始める。
大学4年の時にご縁あって知り合ったデザイナーの方に相談する。

そんなときに、先のNPOの方から、水に関するフォーラムのチラシデザイン依頼をいただく。
当日は京都にいたため、実際に見に行くことはできなかったものの、
150人の人が来場されたとのこと。感謝の言葉をいただき、
デザインの可能性、デザインの持つ力を思い知らされる。

京都に行き、短大の恩師に会い、当初の目的を再確認。
精華大にてナガオカケンメイさんのトークを聴く。


岩手に戻り、決意を新たに、アルバイトを探そうと決意。
町内のNPOの方に求人を訪ねてみたり、ハローワークで求人を探す。
でも僕は内心、デザイン以外の仕事はしたくなかった。

両親に今の現状に喝をいれられ、自分に悔しいのと、両親に申し訳ない気持ちで泣いた。


悔しさから、盛岡のデザイン事務所をさがす。

農園にいたときに知り合ったデザイナーの方から教えてもらった事務所にメールを送るも無視される。
思いきって電話した事務所に作品を見せにいく。

事務所のデザイナーの方から、たまたま人が抜けるというデザイン事務所を紹介していただく。
(紹介していただいた方は、父の高校時代の同級生だということが発覚。)

紹介いただいた事務所を訪問、作品を気に入っていただき
アルバイトで1月からデザイン事務所で働かせていただくことに。
(同級生のデザイナーの方から、父に借りっぱなしだったという高校の卒業アルバムを返却される。18歳の父の顔を初めて見る。)

すごく長くなってしましましたが、僕の2010年は
縁という一言に尽きると思う。

ほぼ無計画で岩手に帰ってきたことをとても後悔したけれど
いつか、「ああ、こういうことだったんだね」。と
一本の糸が繋がる日が来るのだと思うし
そうなるようにしたい。
いま僕がここにいることを、後悔しないように
これから生きていこうと思う。

とてもしんどい1年でしたが、もう今日で終わり。

岩手で出会った方々、京都の皆さん
本当に感謝しています。


それでは、良いお年を。
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by yoshida_takaaki | 2010-12-31 20:05
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